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主人が交通事故で亡くなりました。加害者のことがどうしても許せません

結婚して3年、酒気帯び運転をしていたトラックに追突され、主人は即死状態で亡くなりました。何の罪もない夫が、見ず知らずの人間にどうして殺されなければならないのかと理不尽でなりません。加害者のことが憎くてたまらず、どうしても許せません。ときには衝動的に相手を殺したいとすら思い、そんな自分が恐ろしくなります。また、残された私と幼い子どもだけで、これからどう生きていったらいいのかわかりません。

33歳女性・主婦

やがて癒やされるその日が来ることを信じてください

高橋佳子先生
『いま一番解決したいこと』より一部抜粋・要約

朝には元気で出かけていったご主人が、突然の事故で帰らぬ人となる……。ご主人を失ってしまったあなたの悲しみ、苦しみはどれほどのものだったでしょう。まして、その原因が酒気帯び運転の車に追突されてということであれば、相手の方を恨んでしまうのも無理のないことだと思います。
そして、あなたが常軌を逸してしまうほどに憎しみに囚われるということは、それだけ深くご主人のことを愛して、また頼りにしておられたということでもあるでしょう。
ご主人と共に過ごした幸せな日々……。ご主人の優しさ、温かさ、一家だんらんの楽しさ、心通い合う会話、2人で描いていた将来の夢……その幸せが大きければ大きいほど、それらが失われてしまった痛手は深く、もう二度とその幸せが訪れることはないと思うと悲しく、つらく、奪った相手をどうしても許せない。しかも、まだ幼いお子さんを抱えて、明日からの生活を何とかしなければならないという、現実の生活面での不安も抱えておられるわけです。

憎しみがそのような喪失の衝撃からあなたを守ってくれることもあるでしょう。相手を憎むことで、絶望の淵に沈んでしまうのをとどめてくれるからです。しかし、それがいつまでも続くわけではありません。また、憎しみに囚われている限り、決してその悲しみが癒やされることはありません。かえって苦しみは一層深くなるばかりではないでしょうか。 そのような苦しみ、悲しみの極みに置かれたとき、私たちが思い出すべきこと、立ち還るべき場所はどこにあるのでしょうか。まず、あなたが一番「大切にしたいこと」「守りたいもの」とは何なのか、自らの心の内深く問いかけていただきたいのです。

……そして、そのあなたにとって最も大切なものを大切にしたいと願うその想いから、もう一度相手の方に対する憎しみの気持ちを見つめ直すとき、どのように感じられるでしょうか。もし、感情のままに、衝動的に相手の方を傷つけるような行動に走った場合、あなたが一番大切にしたいと思うそのことを本当に大切にできるでしょうか。
そして何よりも、あなたに、忘れ難いほどの素晴らしい思い出を残して亡くなったご主人は、そのことを喜ばれるでしょうか。
きっとあなたは、ご自身でその答えを導き出されることでしょう。


今耐え切れないほどの苦しみの中にあっても、やがて癒やされるその日が必ず来ることを信じていただきたいのです。
かつて味わったことのないような深い悲しみの淵に沈んだとき、人は永遠にこの悲しみの淵から這(は)い上がれないように思います。長く暗い夜がいつまでも続くかに思えるのです。
しかし、たとえ、どんなに深い絶望の淵からも、人は蘇る力を抱いています。朝の来ない夜はなく、やがて必ず再び明るい光が差し込む夜明けが巡って来ます。
そして、さらに、今は殺したいほどの憎しみに囚われていても、その苦しみから解き放たれることをあなたが望むなら、やがてその方を許すことのできる日を迎えることができるでしょう。それほどの深い愛があなたの心の内には湛えられていることを信じてください。

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