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会社の資金繰りが厳しく、打開策が見出せません

食品加工会社を経営しています。以前は工場を拡大した分だけ受注があり勢いがあったのですが、逆に過剰な設備投資が足かせになり負債が膨らみ続けました。厳しい資金繰りが続き、まったく打開策が見出せないまま、ついに銀行も手形を割り引いてくれなくなり、融資も断られる状態になりました。

50歳男性・会社経営

社長である前に1人の人間として、何を最も大切にして生きるのか、そのためにこれからどう歩むのか、そして今ここからすべきことは何か――。その原点に立ち還ること

高橋佳子先生
『いま一番解決したいこと』より一部抜粋・要約

私が出会わせていただいた方に、辻本昌雄さん(仮名)という中小企業の経営者がいらっしゃいます。

辻本さんは、貧しい幼少時代を送り、お金持ちになることを夢見て、婦人服製造販売の会社を設立。当初はとんとん拍子でしたが、次第に経営状況は悪化し、ついに、10数億の総売上に対して、その12%にも相当する赤字が生じ、借り入れも不可能という状況に追い込まれました。

何とか建て直しの道はないかと思案される中、TL人間学(「魂の学」)の研鑽の場に参加されるようになった辻本さんは、今まで、未来をどうしてゆきたいか、何を大切にしてゆきたいかということを考えてこなかったことに気づかれ、それまでの自分を振り返り始めました。その頃、やはりTL人間学(「魂の学」)を学んでいた税理士の方が、足繁く来られて相談に乗ってくださっていました。当初、辻本さんはこの方に対して随分暇な人だと思っておられたのですが、聞くと多忙極まりない中、何とか力になろうと赴いてくださっていたことを知りました。それまでの自分の感覚からは考えられない、損得を顧みないそのすがすがしい姿に大きな衝撃を受け、辻本さんは、自分の生き方を見直し、「私が変わります」を徹底して生きる決意を固められたのです。

「今まで私は自分を守ることばかり考えていた。これからは、社員を守ることを何よりも大切にして、すべてを自分のせいと考えて、他人のせいにはしません」「今まで他人の意見に耳を貸さなかった。これからは、皆さんから言われたことを先にやらせていただきます」と社員の方々に宣言。さらに、育ち盛りの子を持つ多くの社員こそ何かと入り用だろうと、ひそかにご自身の給与を最も低く設定されたのでした。

やがて、社員との関わりが変わり、皆いきいきとし始めました。何度か訪れた資金繰りの危機の折にも、その会社の実情と社長の心意気を知って、支払いの繰り延べに応じてくださる取引先が現れ、業績は次第に回復。そして、ついには会社の歴史35年の中で、過去最高の中間決算を出すまでになったのです。お金持ちになりたくて社長になった辻本さんが、今は、社員の方々に利益を還元できることを心の底から喜ばれています。

もちろん、すべての会社がそのような回復の道すじを示すとは限らないでしょう。心を尽くし手を尽くしても、経営に行き詰まるということもあるからです。事実、私は倒産の危機に見舞われた多くの経営者の方々ともお会いしてきましたが、その中には、辻本さんのように危機を脱した方もいれば、やむなく会社を閉じられた方もいらっしゃいます。

けれども、確かなことが1つあります。それは、あなたが直面している危機がどれほどの試練であっても、今ここからの歩み方次第で、「あの試練のおかげで、本当の人生に出会えた」と語れる日が必ず来るということです。

その人に超えられない試練が与えられることは決してありません。それを信じて、今、あなたが直面している試練からの呼びかけに耳を傾けていただきたいのです。


辻本さんとは対照的に、数百名の社員を擁する会社経営者の長男として何不自由なく育った西山一朗さん(仮名)は、24歳のとき、お父様の急逝により社長を継がれることになりました。早くから地域の青年会議所の活動にも力を注ぎ、30代後半で理事長までになった西山さんは、社交的で気っ風もよく、「兄貴、兄貴」と慕われ、若い経営者の憧れの的でした。

しかしやがて、会社の業績が悪化。それでも、恵まれた生い立ちゆえに、仕事にも会社にも社員にも曰く言い難い距離感を感じ、切実さを抱けなかった西山さんは、とりあえず足りないお金を借りてくるだけで、本当の原因を突き止めることもまったくしなかったと言います。業界再編の波に呑まれ、同業他社が相次いで倒産してゆく中、私は西山さんと出会いました。そしてこうお話しさせていただきました。「会社を閉めるにも、閉め方がありますよ。智慧のある閉め方、勇気のある閉め方が。……西山さん、『親の魂』になりましょうよ」。自己実現を超えて、他人への同伴、お世話に充実を感じ、現実にそう生きられる智慧を育んだ境地を、私は「親の魂」と呼んできました。このような危機を人生から与えられた西山さんだからこそ、私は「親の魂」になっていただかなくてはと願ったのです。

かつては「社員は自分の持ち物」と考え、人を動かすばかりだった西山さんは、誠実な閉め方を心に置いて最善を尽くそうと、自ら東奔西走されるようになります。財務や労務の事務作業もご自身でこなし、これまでのプライドを砕いて、取引先や銀行に頭を下げて回る日々が続きました。そして何よりも、社員とその家族の生活を守りたい一心で、社員の方々お1人お1人の再就職先を探し、受け入れをお願いして回られたのでした。

会社の規模はすっかり小さくなり、今も試練は続いています。しかし、かつてどうしても仕事も会社も社員も愛せなかった西山さんが、今では、賞与も出せない中であっても、朝早くから夜遅くまで一生懸命に働いてくれる社員の想いを心から有難いと感じ、会社、社員と1つになって歩めることに充実を感じることができるようになったのです。


一見異なるケースに見える辻本さんと西山さんの共通点――。それは、お2人の中で「社長」の意味がまったく変わってしまったということではないでしょうか。

社長としての責務を果たすためにも、実は社長である前に1人の人間として、何を最も大切にして生きるのか――。そのためにこれからどう歩むのか、今ここからすべきことは何か――。その原点に立ち還ることができたということです。「あれもこれも」は選べない状況の中で、お2人は事態からそう問われていることを受けとめ、応えてゆかれました。それは、自らの利益や自己実現だけを追求する社長から、従業員、取引先、顧客、株主のすべてが輝くための縁の下の力持ちとなる社長への転換ということだったと思うのです。目的としての社長から、本当に大切にすべきものを大切にする人生を送るための手段の1つ、条件としての社長への転換――。言葉を換えるなら、お2人は、まさに「親の魂」となる新たな1歩を踏み出されたと言えるでしょう。

あなたにも、同じように呼びかけが届いているのではないでしょうか。あなたもまた、新たな1歩を踏み出す時が実は来ているように思うのです。あなた自身が、会社の経営を担った本当の意味。会社を興した理由――。その奥にあった本当の願いは一体何だったのか。

ぜひ、心静かにご自身に「この人生で最も大切にしたいことは何か」「そのためにはここからどう歩むべきか」と問いかけてみてください。そして呼び起こされた想いを、頭の中にとどめず、目で確かめられるように紙の上に書き出してみてはいかがでしょうか。自分自身の想いが整理されたとき、きっと、そこには、「親の魂」への促しが隠れているように思うのです。そして今後も経営を続けるべきか否かという二者択一の次元を超えて、具体的に、今しなければならないことが見えてくるでしょう。

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