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時の羅針盤・210

時の羅針盤・210

感じたことから出発する

高橋佳子


外にある生き方に合わせる始まり

今月は、私たちの人生を生きるうえで、その根底に置くべき基本的な姿勢について、考えてゆきたいと思います。

人生は、生まれ落ちた場所にあるものを吸収してつくられてゆくものです。私たちは、その場所にある常識や価値観に従うことによって、最初の自分をつくりあげてゆきます。自分の外側に示されている生き方を学び、それに自分を合わせてゆくことが、人生の最初の歩み方になるのです。

1つの家庭に生まれた私たちは、そこで両親の生き方に多大な影響を受けることになります。ある国に生まれたら、誰もがその社会に根づいた常識や価値観、慣習や暗黙のルールを受け入れて生きるようになります。最初は、それらを拒むことはできません。そこにあるものを吸収することで、私たちの誰もが生きることを学んでゆくからです。

「人間の心は環境によってつくられる」と言われるのは、そういうことです。多くの人々にとって、人生とは、何よりもまず、そこにある生き方を意識することなくまねること、過去の人々がつくってきた生き方をなぞり、繰り返すことなのです。

ことにわが国の人々は、周囲の人々や世間の目を強く意識して、それに合わせる傾向を強く持っています。そうすることが無難で、望ましい生き方──。私たちの社会には、そうした暗黙のルール、暗黙の価値観が深く浸透していると言えます。日本という国に生まれることで、自然に周囲の空気や世間の流れを読んで対応することに大きなエネルギーをかけるようになるということです。

人生とは、そのように、私たちの外側にモデルや規範があり、多くの人はそれに従って生き方を形づくり、人生を営んでゆくのです。

生き方の再選択

もちろん、それで終わりということではありません。私たちは一度、自分をつくりあげてから、自らが望むならば、生き方を再選択することができるのです。家庭や地域、社会の中で親しんできた考え方、生き方、社会の常識、価値観、そこから導き出される生き方……。それを改めることは簡単なことではありませんが、自分に染み込んだ生き方を脱して、新たな感じ方・考え方、新たな価値観を選択し、自分自身の新たな生き方を生み出してゆくこともできるということです。

習慣化されたものごとの感じ方、想い方、考え方、言動の生み出し方を意識化することがその始まりです。自分の心のはたらき方のくせを見破り、自覚して、それを脱する生き方を始める。より素晴らしい感じ方、想い方、考え方に触れたとき、心から共感し、それらを自分も選びたいと願って、新たな習慣をつくってゆく──。それを繰り返すことで、私たちは新たな生き方を身につけてゆくことになるのです。

生き方の再選択とは、人生の再構築でもあり、それこそが私たちが本来の自分自身になるための不可欠なプロセスです。

本当に感じたことから出発する

そして、生き方を再選択し、人生を再構築するために、どうしても必要な姿勢が、自分が本当に感じたことから出発するという姿勢です。

私たちが、外側にある生き方をなぞることで始まった人生から飛躍することを願うなら、自分自身の中から生まれるものを何よりも大切にしなければならないのです。

自分が本当に感じていることを横に置いて、人生の真実を深めてゆくことはできません。たとえ未熟な感じ方であっても、それを大切にせずに生き方を錬磨することはできません。

自分が何をどう感じているのか、自分が本当に願っているのは何なのか、自らの心に尋ねなければなりません。

この生き方が確かと言われているから、こちらの方が価値があるとされているから選択するという生き方、外にあるものに依存する生き方とは一線を画す必要があるのです。

もちろん、それは、容易な道ではありません。

情報の洪水の中でそれらの影響を受けながらも、自分が本当に感じていることに基づいて歩みを進めてゆくことは難しいことです。でも、だからこそ、その歩みは尊く、多くをもたらすものになるのです。

2021.08.21