時の羅針盤・271
時の羅針盤・271
大事に集中する
高橋佳子
自分が選んでいる?
10月を迎え、めっきり秋を感じる日が続くようになりました。
秋という季節は、実りの時期であるとともに、様々なものごとを深めるのにふさわしい季節です。
厳しい暑さが後退してものごとに集中しやすくなり、私たちは、あらゆることを深めることへと誘(いざな)われます。しかし、そのような深化、次元を上げる歩みを阻んでしまう問題があります。
それは、誰もが抱く「圧倒的慣性力」とでも呼ぶべき習慣力の問題です。皆さんは普段、この習慣力がどのくらいはたらいているか、感じているでしょうか。
「それほどでもないだろう。いつも自分で判断しているし、常に意識的であろうと心がけているから、せいぜい1割。多く見積もっても、2割ぐらいではないだろうか」
「確かに習慣力はある。でも、日々の中で大切なことは、自分で考え、意識的に選択している」
多くの方が、そのように感じているのではないでしょうか。
ところが、現実は、その実感とはかけ離れたものなのです。
圧倒的習慣力
人間の日常行動のうち、約40%から65%が習慣によって引き起こされているというデータがあります。心理学や行動科学の研究によれば、生活の大部分が過去の経験に基づく「自動的なパターン」で成り立っていることが示されているというのです。
英国のサリー大学などの国際研究チームが昨年発表した研究では、スマートフォンのアプリを用いて、参加者の日常の行動をリアルタイムで追跡しました。そこから導き出されたのは、驚くべき結果です。
何が行動を起こすきっかけとなったか、その起点に注目すると、行動の3分の2は、意識的な選択ではなく、環境や状況によって自動的に引き起こされていることがわかったのです。
そして、1度その行動を始めた後、それを遂行(すいこう)する一連の手順は、何とその約9割に自動的な行動が含まれていました。私たちの日常生活は、それほど圧倒的な習慣力によって支配されてしまっているということです。
こうした見解は、すでに2000年代に、習慣行動研究の第一人者であるウェンディ・ウッド教授らがデューク大学で行った研究において、「人間の日常行動の約35〜43%は、毎日ほぼ同じ場所、同じシチュエーションで繰り返されている」と示されていたものです。
朝起きて顔を洗い、特定のルートで通勤し、同じ建物の決まった階の決まった席に座る、といった一連のライフスタイルは、常に人間の省力化のテーマに深く関わっています。
大切な一事に集中するため
人間の脳は、どんなときでも、エネルギーを節約しようと努めています。脳の重さは、体重の約2%しかないと言われますが、安静時は身体全体の約20%ものエネルギーを消費しているというのです。
脳が省力化に励む理由がわかるでしょう。もし行動の1つ1つをその都度、意識的に選択することになったら、たちまちエネルギーが枯渇(こかつ)してしまうからです。それゆえ、1度経験し、覚えた行動は「習慣化」し、「省力化」できることは何でも省エネモードで対応しようとします。
でも、何のためにそこまで省力化するのでしょうか。私たちの日常を習慣の塊(かたまり)にしてまで何をしようとしているのでしょうか。それは、本当に「このときこそ」という大事に、脳のはたらきを全開するため、「この一点にこそ」というポイントに、すべての力を注ぐためです。
圧倒的な習慣力に支配された私たちの日常は、実は、そうした繰り返しとは無縁の、一回生起の大切な一事のための準備を整えている時間でもあるということです。重要なことは、「そのときは、いつ訪れるかわからない」ということです。
だからこそ、私たちは日々、自分の行動を見つめていなければなりません。省力化すべきことと、すべきではないことを見分けなければなりません。習慣化してよいことと、してはいけないことを吟味しなければなりません。私たちは、本当の大事に応えることを常に心に置く必要があるのです。
2026.10.2