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時の羅針盤・272

時の羅針盤・272

内と外を調える

高橋佳子


内なる力と外なる力

記録的な長雨をもたらした今年の秋も、ようやく秋らしい気候となって、落ち着きを取り戻しています。その秋の気配に誘われながら、自分自身の人生を深め、歩みを進めることを考えてみたいと思います。

今月、想いを馳せたいのは、私たち人間は常に「内」と「外」の両方の次元を生きている存在であるということです。

人は誰も、内外エネルギー交流(*1)を絶えず繰り返しています。外なるエネルギーを内側に引き込み、調えて、それを外界に発し、新たな現実を生み出す。そして、再び世界から外なるエネルギーを内側に引き込んで、内なるエネルギーを蓄え、それを調えて外界に発するのです。

内と外の交流は一時としてとどまることなく続き、人間のあらゆる営みを支えるものとなっています。

内なるエネルギー、内なる力をどう育んで調え、外なるエネルギー、外なる力をどう変えてゆくのか。そして、外なるエネルギー、外なる力をどう内側に取り込んでゆくのか──。それが人生の質を決めると言っても過言ではありません。

内力と外力(がいりき)の調和

大切なことは、内側の次元も、外側の次元も、そのいずれもが等しく大切に受けとめられなければならないということです。一方だけを重んじることはできません。その調和、バランスこそが、双方の力を生かすために重要なことなのです。

この「内」と「外」という次元を大切にしてきたものの1つが、中国武術等における「功(こう)」です。「功」とは、時間をかけて努力と鍛錬を積み重ね、体得した熟練の技や能力、そのための修行法を指します。

その代表的なものの1つが「気功」という健康法で、多くの方が1度は耳にしたことがあるでしょう。それは、体内の「気」の流れを円滑にし、心身の健康を維持・向上させる鍛錬法です。

気功では、「調息(ちょうそく)・調身(ちょうしん)・調心(ちょうしん)」という3つの調整を同時に行うことがもっとも重要とされています。調息とは、呼吸を調えて、ゆったりと長く深い呼吸をすること。調身とは、自然体で無理のない姿勢や穏やかな身体(からだ)の動きを保つこと。調心とは、雑念を取り除き、意識を集中させたり、瞑想状態をつくったりすることです。

こうした気功は、主に「内功(ないこう)」と捉えられるものです。「内功」とは、体内から生み出される気=「内力(ないりき)」を使う技とされます。

それに対して、筋肉や骨、皮膚、手足の形や具体的な動作、技法を通じて、外部からの負荷をかけて力を鍛錬すること、武術の型や素振り、打撃の訓練によって、身体を使って力を操るのが「外功(がいこう)」です。

「功」においては、何よりもこの内功と外功の両者があって初めて、本来の調和がもたらされるのです。

私たちの人生の営みにおいても、この「内なる力」と「外なる力」の大切さは同じです。

静中の工夫・動中の工夫

「内なる力」と「外なる力」を共に育み、両者を調和させること。

 私たちも、長らくこのテーマを大切にして歩んできました。

「内なる力」を育み、蓄え、それを調える。そして、「外なる力」を育み、鍛える──。

その両者がそろって初めて、私たちは本当の意味で、自分の真の力を発揮することができます。自らを成長させ、新たな現実を生み出すことができるのです。

具体的には、私たちは、自らの心を知り、その心を転換し、そこにとどまらずに新たな行動に転じることで、新しい人生の現実を生み出すことができる。さらに、それによって、私たち人間は、世界の調和に貢献し、人生の進化を果たすことができるのです。

「内なる力」を育み、調えること。そして、「外なる力」を引き出し、鍛錬すること──。それは、「静中(せいちゅう)の工夫」「動中(どうちゅう)の工夫」と言うこともできます。

前者は、自らの心に向き合う歩みであり、後者は、現実の中で自己を進化させてゆく歩みにほかなりません。

ものごとを実りに向かわせる季節の中で、私たちは、「内なる力」と「外なる力」の両方を大切にする生き方を心に置いて、その力を育て、鍛錬する日々の歩みを怠ることなく進めてゆきたいと想うのです。

2026.11.1

〈編集部註〉

*1 内外エネルギー交流

私たちの「心(内)」と「現実(外)」は、コインの裏表のように分かちがたく結びついています。そのつながりは私たちが考える以上に密接、強固で、相互に多大な影響を与え合っていて、「魂の学」では、「内外エネルギー交流」と呼ばれています。私たちは毎瞬間、意識しようとしまいと、心と現実、内界と外界の交流を絶えることなく続けているのです。心にある想いは必ず現実に反映し、外なる現実はエネルギーを伴って心に影響を与える──。それは、いかなるときも厳粛に透徹して貫かれている法則です。
(著書『魂主義という生き方』53ページより一部抜粋・要約)