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時の羅針盤・235

時の羅針盤・235

自分を超える

高橋佳子


自己の拡大・成長を求めてきた

科学技術による発展がもたらした物質文明の隆盛。電気、水道、通信、鉄道、道路のインフラ(社会や生活の基盤)をベースに、物質的に大きな発展を遂げた20世紀──。私たちが生きるこの時代もその延長線上にあり、その歩みが求めたのは物質的な豊かさであり、経済的な豊かさです。それは長い間、誰も疑うことができない価値であり、揺るぎない方針だったと言えるでしょう。

そして、そのような物質的・経済的な発展を求める時代の中で、私たちが多くのエネルギーを注いできたもう1つのものがあります。それは、「自分」という存在です。私たちは、自己の拡大と成長に大きな関心を払い、そのために多大なエネルギーを注いできました。その頂点が現在でしょう。かつてないほど、「自分」に大きな関心を寄せているのが現代という時代の特徴です。SNS(*1)に多くの人々の関心が向けられ、若い人たちがティックトック(TikTok)やインスタグラム(Instagram)に夢中になっているのは、まさにそれを象徴する現実と言えるのではないでしょうか。

少なくとも今日に至るまで、私たち人間は、それと意識しているかどうかにかかわらず、物質的・経済的豊かさをめざし、自己実現──自己の拡大・成長を求めてきたことには間違いないのです。

自分を超えたところに新しい未来がある

しかし、物質的・経済的な豊かさを求めることだけが社会の目標ではないことを、すでに多くの人々が知っています。そうした単純な目標は過去のものになりつつあり、ある意味で古い時代の考え方と言うこともできるかもしれません。

近年、人類の歩みが地球環境に多大な負荷をかけてきたという捉え方が生まれ、サステナビリティ(持続可能性)(*2)が注目されるようになりました。持続可能な文明、持続可能な開発目標(SDGs)が、新たな目標を形づくっているのです。

また、グローバリズムを背景に、国や地域を越えた人々の交流が大きく進む中、様々な違いのあるバックグラウンド(背景)を抱いた人々がどう共生してゆくことができるのか、ダイバーシティ(多様性)ということが新たな目標となっています。それは、単に様々なバックグラウンドをもった人たちがいることを認識するだけではありません。その違いをどう受けとめ、新たな形でどうつながり、共存してゆくことができるのかというテーマです。

今日においては、物質的・経済的豊かさは人間の営みにおいて大切なものですが、それだけが大切というわけではなく、新たな時代には、いくつもの新たなテーマが問われているのです。

そして、「自分」についても同じことが言えます。自己の拡大・成長だけが唯一の目標ではなくなっているのです。

自己の拡大や成長を求める流れ──。でも、それだけでは、私たちがこれから本当に求めるべき未来を招来することはできません。求めるべき世界の青写真(*3)を具現することは叶わないのです。自己の拡大・成長を求める流れの外にある、自分を超えた次元に新しい未来が生まれてくるということなのです。

自分を育て、自分を超える

もちろん、自分を超える次元に関わってゆくためには、確かな自分がそこに存在していなければなりません。自分を育て、自分を超える意識が必要なのです。たとえば、「魂の学」(*4)の生き方においては、「呼びかけを聴く」ことを何よりも大切にしています。この「呼びかけを聴く」ことは、自分を超える次元に耳を傾け、そこにあるものに自分を預けて歩むことに等しいものです。だからこそ、そのとき、私たちは、まさに自分を超えて、世界と響き合うことができるのです。

今、時代が私たちに伝えようとしていること、世界が求めていることを感じ取ろうとしたら、自分を超える意識が不可欠です。自分を超える次元に自分を託すことができるかどうか、自分を超える場所に自らを導けるかどうか、それが呼びかけを受けとめる鍵になるのです。

自分のことだけではなく、他の人々のことを想い、その人々との関わりに心を砕いて、共に何かを果たすことを歓びとすることが、その準備となるでしょう。そうすることで、私たちは本当の意味で、引き寄せるべき未来に向き合うことができるのです。

2023.9.24

〈編集部註〉

*1 SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)

インターネット上の交流を通して、社会的なネットワーク(ソーシャル・ネットワーク)をつくるサービスのこと。ティックトック(TikTok)は短い動画を、インスタグラム(Instagram)は写真や動画を投稿、共有し、コミュニケーションをはかることができます。

*2 サステナビリティ(持続可能性)

社会と地球環境全般の持続可能な発展をめざす考え方や取り組みのことを指す言葉。経済や政治、文化、環境など、様々な分野が含まれます。その中でも特に環境問題やエネルギー問題に対して用いられます。

*3 青写真

青写真とは、もともと建築や機械の設計図のことです。そこから転じて、ものごとの設計図、未来図を指すようになりました。私たちが実現することを求め、願っている現実の姿──。「魂の学」では、さらに、ものごとに秘められたイデア(理想形)、大いなる存在・神との約束という意味が込められています。
(著書『ゴールデンパス』136ページより引用)

*4 魂の学

「魂の学」とは、見える次元と見えない次元を1つにつないで人間の生き方を求めてゆく理論と実践の体系です。物質的な次元を扱う科学を代表とする「現象の学」に対して、物質的な次元と、それを超える、見えない「心」と「魂」の次元も合わせて包括的に扱おうとするのが「魂の学」です。それは、私自身の人間の探究と多くの方々の人生の歩みから見出された法則であり、「魂・心・現実」に対する全体的なまなざしによって、人間を見つめ、あらゆるものごとに応えてゆくことを願うものです。
(著書『最高の人生のつくり方』50ページより引用)