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意味の地層

©︎KEIKO TAKAHASHI

事態には異なる意味が地層のように重なり合い、関わる人の心の深まりに応じて姿を現します。「印象」で捉えれば事態の「表皮」しか見えず、「本心」で接すれば「本体」が現れます。そして、「自業」のレベルで向かい合ったとき、そこに託された「神意」を知ることができるようになるのです。

「意味の地層」を掘り進んでゆくと、私たちは、すべての出会いと出来事に受けとめるべき「意味」や「必然」があることがわかってきます。「表皮」「本体」「神意」の3つの階層と私たちの心は互いに対になっていて、それぞれの受けとめ方によって見える現実がまったく変わってくるのです。

私たちが事態を快苦の感覚や先入観、常識に左右された浅い見方の「印象」で捉えるなら、事態の表面の「表皮」しか受け取ることはできません。

しかし、まなざしが深まってゆくと、魂の次元からやってくる本当の願い──「本心」で事態を受けとめられるようになり、そこにある「本体」──思い込みに曇らされない事態の本質的な意味やいのちを知ることができるのです。それは、これまでの覆いが取れて、新しい世界が見えてくるような体験です。

さらに、私たちが「自業」(その人が生まれてきた意味と必然、人生のテーマ)のレベルで事態に向かい合ったとき、そこに託された「神意」を受けとめることができます。「神意」とは、大いなる存在・神からのメッセージとも言えます。このとき、私たちはそこに見えない様々な関わりや経緯の重さを感じ取り、人生の呼びかけを聴いて、果たすべき使命に応えることができるようになるのです。

出 典
『魂主義という生き方』p.114〜118
『魂の冒険』p.126〜129