亡き魂と共に歩む深化・成長の道

あなたと
現世のすべての魂が
愛と慈しみに満ちた光の中に
いつもあずかることができますように。

(高橋佳子先生著『新・祈りのみち』より)

「特別供養」

GLAでは、高橋佳子先生の導きの許、亡き魂とご縁のある方々との絆を結ぶ「特別供養」が、年2回、全国各本部で実施されます。
その場では、参加された多くの方々が、故人の存在を様々な形で実感されています。圧倒的な神の御光によって、「あの世」(実在界)と「この世」(現象界)をつなぐ窓が開かれ、通常ではあり得ない、次元を超えた魂の邂逅が起こるのが、「特別供養」の大きな特徴と言えます。それゆえ、その場では、「人間は魂の存在である」という、言葉の理解を超えた実感が訪れます。
亡き魂とご縁ある方々の、「魂の学」(神理)の学びの深まりが光となって伝わり、また亡き魂の想いがこの世に生きる私たちの心に響いてくる ──。「特別供養」とは、亡き魂のみならず、供養を願うこの世に生きる私たちさえもが深く癒され、新たな人生の道行きへと誘われる、まさに本来の供養、真の供養と言える場なのです(「特別供養」では、誰もが取り組めるように、同伴の態勢が用意されていますので、はじめての方でも安心して参加することができます)。

<「特別供養」を体験された方の声>

●父が目の前にいるように感じました

父が目の前にいるような、昔に戻ったような感じがしました。一緒に参加した兄も「父を実感した」と語っていました。「特別供養」を実際に体験して、本当に有難い場だと感じました。これまでの供養は親戚が集まって昔話をして終わってしまうのですが、この場は全然違いました。父はあの世、自分はこの世ですが、一緒になって歩んでゆける関係を今日つくっていただいたので、この絆を大事にして生きてゆきます。(千葉 60代男性)

●妹の死という50年来の苦しみから解放されました

今までずっと「亡くなった妹がどこにいるのか。救われてほしい」という気持ちで50年が経ちました。しかし、今日、先生が妹をお救いくださったことを心の底から感じ、その苦しみからやっと解き放たれました。妹の魂も、どれほどこのときを待っていたかと思いました。こんな場があったなんて......。GLAの「特別供養」は本当に魂に響き、しみじみと沁みてきます。(大阪 70代女性)

●涙が出尽くして、鉛のような心が癒されました

父が亡くなり、24年が経たちますが、亡き父に詫わびることができず、鉛のような気持ちを抱えたままでした。先生のお陰で、その鉛が外に出て、24年分の涙が出尽くして、身体が軽くなりました。日本語にも英語にもできない、言葉にできないほどの衝撃を受けています。これまで知らなかったことが紐解かれ、父が癒されたことが伝わり、私自身も癒され救われ、もう胸がいっぱいです。私の人生にとって歴史的な1日であり、今日が父の本当のお葬式の日だった気がしました。(海外 40代女性)

●いつも亡き魂と一緒に歩んでいる感覚があり、一緒に成長できる

私は、両親含め家族を受け入れられず、長いこと人生から抹殺してきたところがありました。ところが今日は、「自分はいらない子ども。父からは愛されていない」ということが、間違った思い込みだったということがわかりました。父に対するイメージが違っていたことにお詫びしたいと最近思い始めて、今日は謝ることができたと思います。特別供養は、いつも亡き魂と一緒に歩んでいるという感覚があり、一緒に成長できるということが、他にはない特徴だと思います。これからは、父に対する敬愛の想いを持ち、もっと温かい気持ちで、皆さんとも関わってゆけるように感じました。(東京 50代女性)


※「供養行」
「特別供養」は、年2回執り行われますが、これに限らずご自身の発意で随時取り組める「供養行」もあります。
ブックレット『供養行への誘い』を手がかりに、各自で供養行に取り組むことができます。実際の取り組みについてのご相談は、所属本部までお問い合わせください。

「法要」

「......法要は、先祖供養の習慣の一つですが、私たちは、形式には深くとらわれず、その中にあるいのちを見取って、心を込めることが何よりも大切です。それらがあまりに形骸化しているからと言って、そのすべてを否定すべきではないでしょう......」(高橋佳子先生著『新・祈りのみち』より)
GLAでは、故人の命日、あるいはこれまでの日本のならわしである四十九日、一周忌、三回忌、七回忌等の「法要」の機会に、司祭による祈りの時を持つことを大切にしています。「法要」を希望される方は、所属本部までお申し出ください。