■意味の地層

「意味の地層」とは、あらゆる出会いと出来事が多層的な構造を持ち、表面的な印象や常識的な意味だけではなく、幾重もの意味を湛えていることを指します。
「意味の地層」は、非常に複雑で重層的な階層を示しますが、大きく捉えるなら、すべての出会いと出来事は、「表皮」「本体」「神意」という3つの階層で受けとめることができます。
「表皮」とは、外側から見える姿形であり、常識や通念がもたらす表面的な意味です。「本体」とは、その内側に息づく「いのち」であり、本質的な意味です。そして、「神意」とは、そこに託されている宇宙の意志、大いなる存在・神からのメッセージです。
私たちが、事態を「印象」で捉えるなら「表皮」しか受けとめられず、「本心」で向かえば「本体」が見え、魂の次元につながる「自業」のまなざしで受けとめるならば、そこに孕まれた「神意」を読み解くことができます。
平凡な日常の中に、さりげなくやってくる出会いの数々──。その出会いは、必ずそこに孕まれている深層の意味を私たちに語りかけています。その出会いのいのちに想いを馳せるところから、深みへの旅は始まります。

○参照
『レボリューション』(p.392~396)
『魂の冒険』(p.126~129)

■因縁果報

「因縁果報」は、宇宙に流れるエネルギーの法則であり、あらゆる現実は、「因」(直接的原因)と「縁」(間接的原因)が結びついて生じる「果報」(結果)であるとする捉え方です。
「魂の学」における因縁果報の特徴は、まず私たち自身に「因」を置く点にあります。すなわち、「因」とは、私たち自身の身口意のエネルギー ── 私たちの想い、願い、動機、また心の具体的な表れとしての言葉、まなざし、人に対する態度や行為などです。「縁」とは、「因」にとっての環境となるもので、同志(人)・原則(理)・システム(仕組み)の3つの側面から捉えることができます。「果報」とは結果、報いです。
因縁果報によれば、長い間の経緯の中で複雑に絡み合った問題も、動かし難い現実も、絶対に解決不能に見える事態も、それら一切は皆、私たち自身(因)のエネルギーが環境や条件(縁)と結びつくことによって生じた結果(果報)と捉えることができます。
逆に言えば、暗転の現実を直接、光転させようとするのではなく、私たちの因縁に遡り、自らの想いや生き方を変革し、環境や条件を整えることによって、どうにもならないように見えた暗転の現実(果報)を、光転の現実へと転換してゆくことができる──。それもまた、宇宙を貫く法則です。

○参照
『新しい力』(p.209~241)
『人生で一番知りたかったこと』(p.233~241)
『いま一番解決したいこと』(p.166~168)
『あなたが生まれてきた理由』(p.277~284)

■因縁果報ウイズダム

「因縁果報ウイズダム」とは、因縁果報のまなざしによって様々な現実の問題群を解決し、願われる未来を創造するための智慧であり、そのメソッド(方法)です。事態をエネルギーの流れとして捉え、暗転を光転へと導いてゆくことができます。
因縁果報の捉え方にもとづく「因縁果報ウイズダム」によって、私たちは、自らを取り巻く暗転循環のエネルギーを光転循環のエネルギーに転換してゆくことができるようになります。そして、痛み・混乱・停滞・破壊といった闇の現実を解決し、歓び・調和・活性・創造にあふれる光の現実への道を開いてゆけるのです。
まず、因(自分)に問題を引き寄せ、その因と縁(条件)が交わってどのように果報(問題)を生んでいるのか、その暗転循環のエネルギーの流れを摑みます。そして、因を変革し、縁(同志・原則・システム)を転換し整えてゆくことによって、次第に暗転へ向かうエネルギーは止まり、光転循環を生むエネルギーが勢いを増し、解決と創造への道をつけてゆくことができるようになります。
因縁果報ウイズダムは、私たち自身が人間として深化しつつ、身近な問題から世界規模の問題まであらゆる問題を解決し、新しい未来を創造してゆく道にほかなりません。

○参照
『グランドチャレンジ』(p.335~423)
『いま一番解決したいこと』(p.222~224)
『魂の発見』(p.149~160)

■ウイズダム

「ウイズダム」とは、あらゆる解決と創造の道を切り開くための智慧であり、その智慧をもたらすメソッド(方法)です。
宇宙は、それぞれの時代、様々な局面で、私たち人間が本当に必要としている現実をこの世界に生み出そうとしています。大切なことは、その現実の基本的な設計図、青写真が、世界の側には存在しているということです。
私たちはその青写真を具現するために、心と現実を結び、宇宙との響働を通して、解決と創造を果たし続けてゆくのです。青写真にアクセス(接近)し、解決と創造を通じて、その青写真を具現してゆくためのウイズダムは、苦集滅道の構造を持っています。すなわち、

  • 苦:「今、現れている現状」をよく知り、
  • 集:「その現状を生み出している原因」を洞察し、
  • 滅:「向かうべきヴィジョン」を確かにし、
  • 道:「そこに至るための方法」を明らかにする。

世界からの呼びかけを受けとめ、いかに世界にはたらきかけてゆくのか ──。私たちは常に、宇宙と響働しながら歩むことができるのです。
ウイズダムには、ウイズダム基本篇、因縁果報ウイズダム等があります。

○参照
『ディスカバリー』(p.269~274)
『グランドチャレンジ』(p.382~423)

■円環的人生観

永遠の生命としての人生の時は、どの一瞬も連綿と続く永遠の時と結びついて織りなされ、円環のように巡る人生であると見る人生観を「円環的人生観」と呼びます。
私たちの人生は、現在の人生だけで始まったものではなく、過去の人生があって生まれてきたものです。また現在の人生だけで閉じてしまうのではなく、次の新たな人生に連綿としてつながってゆくものです。
そして、大自然の春夏秋冬という四季がどの季節も取り替えることのできないものであるように、人生を構成する季節は、少年期、青年期、壮年期、実年期、老年期のいずれもが比べることのできない貴い光を発しています。少年期は人生の単なる準備の期間ではなく、それ自体が輝くべき季節であり、同様に、老年期も余生ではなく、人生の集大成となる大切な時期です。
「誕生の門」をくぐってこの世(現象界)に生まれ、人生の季節を謳歌し、「死の門」をくぐってあの世(実在界)に戻り、時が満ちて再びこの世に生まれてくる──。これが、生まれて始まり、死んで終わるという直線的な人生観からは決して見えてこない円環的人生観です。

○参照
『人生で一番知りたかったこと』(p.150~155)
『魂の冒険』(p.226~228)

■感情の脚本

あるがままの現実からかけ離れ、感情と思考の思い込み・憶測を膨らませて妄想の中で描き続ける架空の物語を、「感情の脚本」と呼びます。
「感情の脚本」は、まさに煩悩の実態であり、人生を暗転させる脚本と言えます。
心に被害者意識の傾向(苦・暴流)がある人は、他者不信の妄想で脚本を書き続け、不満や怒り、敵愾心を増幅し、何かがあるとすべて「悪意のサイン」として受けとめ行動してしまいます。自己満足に陥りやすい傾向(快・衰退)の人が書くのは、楽観的で曖昧な脚本です。予定調和的、平和な世界の物語をつくり出し、すべては「他人事のサイン」としてしまうため、対処不能の未来をつくり出してしまいます。自己卑下の傾向(苦・衰退)の人は、自己不信の妄想で悲観的な脚本を書き続けます。現実はそうではなくても、すべて「障害のサイン」と受けとめ、悪い方へと考え、ますます悲観的になってゆくのです。自信過剰の傾向(快・暴流)の人は、自分の有能さ、確かさを信じて疑わず、事実を歪曲して脚本を書きます。すべてを「成功のサイン」と歪曲し、自分の都合のいいように強引に解釈して行動してしまうのです。

○参照
『レボリューション』(p.133~137)
『運命の方程式を解く本』(p.110~116)
『魂の発見』(p.104~109)

■偽我埋没・善我確立・真我誕生

「偽我埋没」とは、私たちがもともと抱いている真我の光が偽我の厚いヴェールで覆われ、その境地と智慧を発現することなく埋没して生きている状態を言います。そこから、私たちは善我を育み、「善我確立」を経て、真我の解放 ──「真我誕生」の瞬間を迎えることができるのです。「真我誕生」とは、使命を生きる自分が生まれることであり、本当の意味で魂が深化・成長するということです。
私たちの内界、心の中心には、魂が座しています。そして、その中心には、純化された光の領域が広がり、その場所は愛と智慧のエネルギーの次元でもあります。この一人ひとりの存在の核となる最も本質的な我を「真我」と呼びます。
「偽我」とは、「生まれっ放し育ちっ放し」の自分自身のことであり、魂がもともと抱いている魂願とカルマに、宿命の3つの「ち」(血・地・知)が混じり合ってできたものです。
「善我」とは、「偽我」から離れたもう一人の自分、「見つめ生きる自分」のことです。「偽我」の動きを止観し、吟味、浄化してゆき、祈りによって「真我」と対話するのが「善我」のはたらきです。「善我」は、行じる自分であり、「偽我」と「真我」の橋渡しをするものです。

○参照
『グランドチャレンジ』(p.164~170)

■響働

「響働」とは、宇宙の意志と響き合い、はたらくこと、また異なる個性を抱いた者同士が、宇宙の意志に心を合わせ、協力し合ってゆくことです。
宇宙は、無限の広がりと悠久の時の流れを抱きながら、無数の存在を抱擁しています。私たちは、その宇宙の源を通じて、あらゆる存在と絆を結び合っています。私たちが生きてゆくためには、両親や家族とのつながり、同時代の人々、社会や時代とのつながり、自然や宇宙とのつながりが必要です。その無数の絆に結ばれた世界に私たちは生かされているのです。
そのつながりの全体があってこそ、一人ひとりの個性も、存在理由も明らかになります。その絆の中で、時代の中で、誰もが、その人にしか担うことのできない仕事を持っています。それは全体との響き合いの中で、宇宙の意志との応答の中で、徐々に明らかになってくるものです。
響働を生きるとき、私たちは、今、その時その場に、本当に必要とされている全体からの呼びかけに応えることができます。全体と一つになり、その時と場に生じた本当の必然と必要を生きることができるのです。

○参照
『人間の絆 響働編』
『ディスカバリー』(p.234~242)
『グランドチャレンジ』(p.15~73)

■具現の循環(先智慧・実行・後智慧)

「具現の循環」とは、世界が生み出そうとしている青写真に、不断の対話を通して少しずつ接近してゆくための「先智慧・実行・後智慧」という基本的な歩みを指します。
真の創造とは、無から有を創り出すことではなく、青写真に徹底的にアクセス(接近)することです。
「先智慧」では、未来から呼びかけられていることを洞察し、どのように現実を切り開いてゆくのか、事前に目標や手段・方法を、智慧を尽くして考え定めます。
「実行」では、先智慧に従って、現実の事態と響き合いながら実行・実践します。
「後智慧」では、その実行した結果を振り返り、現実化した事態に対して足りなかった点や達成できなかったことなどを振り返ります。
つまり、実行した結果の中から、立てた仮説(先智慧)がどのように青写真から外れていたのかを読み取り、それを修正して、少しずつ仮説を真実の青写真に近づけてゆくのです。
こうした「先智慧・実行・後智慧」という不断の歩みの中で、私たちは少しずつ世界の真実、青写真に近づき、問題を解決して新たな創造へと道を切り開いてゆくことができるのです。

○参照
『ディスカバリー』(p.251~254)
『レボリューション』(p.209~213)
『あなたが生まれてきた理由』(p.256~261)
『新・祈りのみち』(p.402~407)

■魂願とカルマ

「魂願」とは、魂がどうしても果たしたいと願っている魂の願いであり、光のエネルギーです。仏性、良心とも呼ばれてきたものです。「カルマ」とは、その魂願を生きることを阻む、魂の未熟であり、弱点や歪み、闇のエネルギーです。
私たちの魂は、人生を終えたときに深い後悔を抱きます。なぜなら、魂願の多くは、一度の人生で完全に果たせるものではないからです。何を悔いるかの違いはあっても、誰もが後悔を抱くという点では変わりません。そして、その過去世に刻んだ深い後悔が、新たな魂の願いを引き出し、現在の人生を引き寄せるのです。
魂願は、転生の4つのテーマ(魂の修復と成長・関わりの再結・志半ばの願いの成就・人々や場の照らし)につながり、私たちは誰もが、これらのテーマのうちのいくつかを魂願として抱いています。その魂願を生きる道を閉ざし、深い後悔を繰り返させるのがカルマ ── 過去より流れてきて現在に影を落とし、未来にまで暗い影響を与える力であり、魂の内側からあふれ出して私たちを宿命の内に縛りつける鎖です。
魂願とカルマは、幾転生もの長い歩みの中で培ってきたものだけに強い力をもって心に影響を及ぼし、人生の現実に現れてくるのです。

○参照
『新・祈りのみち』(p.652~664)
『あなたが生まれてきた理由』(p.152~164)
『運命の方程式を解く本』(p.98~107、p.141~148)
『魂の冒険』(p.191~193)

■止観シート

「止観シート」は、外界の刺激に電光石火のごとく反応して動く心を見取り(心を心で摑み)、その傾向を発見して、心と現実を同時に変革してゆくためのシートです。
私たちの内界で営まれる心の動き ── 感じ(感覚)・受けとめ(感情)・考え(思考)・行為(意志)を繰り返し意識化し、人生を支配している情動と言える「つぶやき」を摑むことによって、内を見つめるまなざしが育まれてゆきます。そして、その心の動きを吟味・浄化し、変革するために、次に向かうのは、『新・祈りのみち』(三宝出版刊)によって、自らの本心を内なる真我に尋ねる段階です。
「止観シート」で見取った心の動き(感情・思考)にふさわしい『新・祈りのみち』の祈りを何度もなぞりながら、その奥にある本心を探してゆくのです。その歩みを繰り返してゆくと、さらには、魂のテーマに迫り、魂の深奥に存在している真我を実感することもできるようになります。
「止観シート」と『新・祈りのみち』による心の鍛錬(行)によって、自らの内界を深く掘り下げて変革し、内なるエネルギーを解放して現実を光転させ、カルマの超克と魂願の成就という畢生のテーマへと迫ってゆくことができるのです。

○参照
『グランドチャレンジ』(p.291~332)
『運命の方程式を解く本』(p.199~206)
『あなたが生まれてきた理由』(p.314~321)

■自業

「自業」とは、その人が生まれてきた所以(理由)、その人でなくては引き受けることのできない「いのち」の流れです。
宇宙がどれほど広くても、あなたという存在は一人しかいません。人は誰も、その人でなければ果たすことができない「はたらき」と、その人にしか咲かすことのできない花(可能性)を抱いて生まれてきたのです。
私たちの人生には、そのかけがえのない意味と必然につながる見えない伏線が至るところに張られ、声なき呼びかけが響いています。あなたが体験した楽しかったこと、つらかったこと、悲しかったこと、うれしかったこと......そのすべての出来事が、一つも無駄にならず、数珠のようにつながって、あなた自身の「人生のテーマ」や「人生の仕事」を教えています。この時代、あの両親のもとに生まれ、家族と共に育ち、あの悲しみを体験し、苦難を乗り越えたあなただからこそ、応えるべき「自業」がある ──。
人生は、常に見えない力に導かれ、私たちは、絶えず自業の流れに向かい合っています。その自業の永遠の流れは、他のすべての魂の永遠の流れと重なり合い、宇宙全体の大河となっているのです。

○参照
『人間の絆 自業編』
『希望の原理』(p.247~279)
『人生で一番知りたかったこと』(p.61~62)

■時代の三毒(唯物主義・刹那主義・利己主義)

「時代の三毒」とは、現代社会を覆い、私たち人間の心に流れ込み、支配している3つの生き方 ──「唯物主義」「刹那主義」「利己主義」のことです。
唯物主義とは、「目に見えるものしか信じない」という姿勢であり、形あるもの、数字や成果だけに重きを置く精神のことです。刹那主義とは、過去や将来など、後先のことを考えず、「今さえよければそれでいい」という姿勢のことであり、一時的な快楽だけを求める生き方のことです。利己主義とは、自分の利益だけに関心があり、「自分がよければそれでいい」という姿勢のことで、「エゴイズム」と同じ意味です。
例えば、人類が抱える最大の問題の一つである経済問題は、人間がつくり出した金融と市場の循環システムの破綻がもたらした危機と言えますが、そこには、この時代の三毒の問題が深く投影され、人間が抱える深い闇の増幅が見て取れます。現代に生きる以上、私たちはこの三毒の影響なしに生きることはできません。
時代の三毒が人間の精神を深く蝕むことになったのは、私たちが魂を見失ったからにほかなりません。私たちは、時代を蝕む3つの主義と闘い訣別する生き方、内なる魂を発見して中心に置く生き方を選ぶ必要があるのです。

■指導原理

「指導原理」とは、万物を生かし育み、その個性が最も輝くように、存在の本質を顕わにさせる宇宙に遍在する力です。
「指導原理」は、世界にはたらく崩壊と不随の定に抗するように、一切の存在を宇宙の意志と一つに響き合う方向へと導き続けています。生命あるものの病や傷を癒し、切れた絆を結び直し、混乱を調和へと再生させます。植物の種を芽吹かせ、昆虫や鳥たちの卵を孵化させ、成長へと導きます。そして人間もまた、この指導原理に導かれ、深化の道を辿っています。私たちを導いてやまない世界からの呼びかけが、一人ひとりの人生に届いているのです。
指導原理が私たちを深化・成長へと導く道には2つあります。1つは、「試練から始まる道」。試練を受け、悩み苦しみ、葛藤し道を求め、あるときに開けが起こり、本来の使命を生きる歩みが始まる道のりです。もう1つは、「直感から始まる道」。あるとき突然、魂を直撃するような直感が訪れ、内なる爆発が起こり、その直感に従って自らを鍛錬し、世界に托身し響働へと至る道のりです。
指導原理は、常にすべての人にはたらきかけ、人間が闇を光に転じ、世界に新たな調和を創造できるように導こうとしているのです。

○参照
『レボリューション』(p.70~76)
『グランドチャレンジ』(p.157~163)
『新・祈りのみち』(p.771~775)
『魂の冒険』(p.87~114)

■宿命から使命へ(希望の原理)

与えられた条件ゆえに、闇を増幅する「宿命」から始まらざるを得ない私たちの人生。しかし、その宿命の中にこそ「使命」への道がある ──。「一切の人間に宿命から使命への道が用意されている」という世界の基底にある原理です。
私たちが、人生の途上でいかなる試練に襲われ苦しみ悩もうとも、その痛みを引き受けて必ず闇を光へ転じてゆく一本の道がある ──。世界は一切の痛みを根本的に癒す道を用意しているという法則です。どんな絶望的な状況にあっても、そのとき、歩むべき道がある。それは、「人が考え出した希望」ではなく、私たちを超える大いなる存在、「天が人に与えた希望」です。
人間が抱かざるを得ない3つの「ち」(血・地・知)という宿命の闇の中にこそ、実は、その人でなければ果たすことのできない使命の光が隠され、世界に対して果たすべき使命が呼びかけられています。重い宿命を背負うがゆえに、人はそこに本当に切実な自らの使命を見出すことができるのです。
宿命から使命へ ── 私たち一人ひとりが内なる闇を浄化し、光に転換するとき、まさにその闇ゆえにこそ、かけがえのない光が輝き出し、人と世界が共鳴して新たな時代を切り開き、世界はかつてない深化を示すのです。

○参照
『希望の原理』(p.289~312)
『あなたが生まれてきた理由』(p.192~206)
『魂の冒険』(p.183~219)
『魂の発見』(p.178~194)

■受発色

「受」とは、私たちが現実(外界)に生じた出来事を心(内界)に受けとめる受信のことで、「発」は、受信を受けて外界に関わってゆく発信のことです。「色」は仏教の言葉で、目に見える現実 ── 人のことも含めて事件や出来事、外界のことを言います。
人間は、生きている限り、この「受発色」のトライアングル(三角形)を回し続け、たとえ無自覚であったとしても現実を生み出し続けているのです。
「受発色」というまなざしによって、私たちは、自らの内側(心)と外側(現実)をつなぐトライアングルをしっかりと摑むことができ、またそれを本来的なあり方へと転換してゆくことができるようになります。
「生まれっ放し育ちっ放し」のままつくってきた未熟で歪んだ受発色から、新しい受発色を生み出す「受発色革命」を起こすことによって、新しい「私」に生まれ直し、初めて人生の創造が果たされてゆくのです。
それは同時に、自らの煩悩によって生じた内なる地獄・外なる地獄を滅消し、真我の光が内側から輝き出すことによって世界を照らしてゆく歩みへとつながっています。

○参照
『新しい力』(p.81~194)
『あなたが生まれてきた理由』(p.83~115)

■試練は呼びかけ

私たちが人生の中で、様々な形で体験する「試練」は、ただ重圧や困難を与えるものではなく、私たちが魂の願いに目覚め、人生の仕事に応えて生きることを導こうとする、人生からの「呼びかけ」でもあるのです。
人生に遭遇する困難、失敗、挫折、逆境、絶望は、私たちにつらく苦しい痛みを伴う時をもたらします。しかし同時に、その試練は、私たちを新しく生まれさせ、これまでにはない現実へ導こうとするものでもあります。
そのとき、何が呼びかけられているのか、心の耳を澄まして受けとめ、応えてゆくならば、必ず道は開かれます。それをきっかけに新しい世界を切り開き、新しい自分を生み出す力を人間は内に抱いているのです。
そして、それを可能にするのが、真我(本当の自分)とのたゆまぬ交流です。真我とは、呼びかけの発信者である宇宙の意志、神に通じる扉であり、道だからです。
私たち一人ひとりは、全体から、時代から呼び出されてきた存在 ──。それゆえ私たちの人生にもたらされるものすべては、それぞれの魂が永遠の歩みを通じて、果たさなければならない使命を明らかにする手がかりなのです。

○参照
『サイレント・コーリング』[新書版](p.195~201)
『人間の絆 自業編』(p.237~259)
『新・祈りのみち』(p.576~580、p.396~397)
『Calling 試練は呼びかける』

■人生の基盤

「人生の基盤」とは、生まれ育ちの中でつくられ、人生を動かし続ける心の回路を指します。
人は成長する過程で、両親や家系、地域、時代など(3つの「ち」)から多大な影響を受け、無自覚のうちにものの見方や考え方を形成してゆきます。それが、生き方の方向を決定づける「人生の基盤」となるのです。誰もが生まれて以来、その基盤の上に人生をつくってきたと言えます。
人生の基盤は、無数の信念の集積でもあります。「自分は特別な人間だ」「他人は信じられない」「自分は愛されるに値しない人間だ」「世の中、お金が一番」等々、つぶやきとなって心の中で呪文のように繰り返しているものもあります。それらが一つの回路となり、私たちに、ある「感じ方、受けとめ方、考え方、行為の仕方」をさせ続けているのです。
人生の基盤には誰もが無自覚で、その基盤に刻まれているものこそ絶対で正しいと信じ込んでいるため、私たち人間はこれまで実に多くの対立や争い、確執を繰り返してきました。人生の基盤の違いによる軋轢は、身近な人間関係から、国と国との争いにまで発展する ──。人間を、人生を陰で支配し、人類の歴史を陰で支配してきたものが人生の基盤なのです。

○参照
『人間の絆 基盤編』
『サイレント・コーリング』[新書版](p.117~180)

■魂の因果律

「魂の因果律」は、人の人生と運命をつくり出している「魂」と「心」と「現実」のつながりの法則であり、人生や魂の問題を解き明かす、魂の原因と結果の法則です。
「魂の因果律」は、私たち自身の魂と心と現実の間にある2つの因果関係によって示されます(右図参照)。魂が抱く魂願とカルマは、人生の条件と出会って、心という結果を導き、心は外的な条件と結びついて、目の前にある現実という結果を現します。
第1の因果は、心を原因とし、現実を結果とする内と外を結ぶ因果であり、第2の因果は、魂願・カルマを原因とし、心を結果とする魂と心を結ぶ因果です。現実と心と魂が常に結びつくことによって、人生がつくり出され、運命が方向づけられてゆきます。
目の前の現実は、心の反映であると同時に、さらにその深くに眠る魂願・カルマの反映にほかなりません。私たちは、自らの現実に深く向き合うことを通じて、自分の心を知り、人生のテーマ、魂のテーマを知ることができます。そして、自らの心を変革することを通じて、現実を変えることができると同時に、魂が抱いてきた魂願を果たし、カルマを超克することができるのです。

○参照
『あなたが生まれてきた理由』(p.165~179)
『Calling 試練は呼びかける』(p.57~65)
『魂の冒険』(p.266~273)

■転生の4つのテーマ

永遠の生命である私たちの魂が、生まれる以前に体験してきた過去の人生を「過去世」と呼びます。そして、今、生きているこの人生を「現世」、やがて死を迎えて、あの世に還り、再びこの世へと生まれてくる未来の人生を「来世」と呼びます。
「転生の4つのテーマ」とは、過去世、現世、来世の間に横たわり、その転生を貫いて牽引する、人生で果たすべき4つのテーマを言います。

  1. (1)魂の修復と成長:魂の歪みを修復して成長を果たすこと。
  2. (2)関わりの再結:過去世において、逆縁(本来的ではない結びつき)となってしまった関係を結び直すこと。
  3. (3)志半ばの願いの成就:過去世において志半ばで終わってしまった願いを果たすこと。
  4. (4)人々や場の照らし:過去世において獲得した魂の力をもって、周囲の人々や場を照らすこと。

私たちは誰もが、こうした転生の4つのテーマを、それぞれの人生を通して追求する中で、魂を深化・成長させ、新しい調和を世界に創造する共通の目的と使命を実現しようとしているのです。

○参照
『人間の絆 自業編』(p.39~40)
『人間の絆 基盤編』(p.216~220)
『人生で一番知りたかったこと』(p.158~160)
『あなたが生まれてきた理由』(p.180~191)
『魂の冒険』(p.237~238)

■人間の使命

「人間の使命」は、心の変革によって、この世界に満ちる痛み・混乱・停滞・破壊といった闇の現実を、歓び・調和・活性・創造にあふれる光の現実に変えてゆくことです。
私たち人間は、世界に満ちる光と闇の現実を引き受け、闇の現実(無法世界)を光の現実(光明世界)に転換し、光転の潮流を生み出してゆく光の増幅装置として生きるためにこの世に生まれてきた存在です。
魂の闇(カルマ)の影響を受けた煩悩によって闇の現実を現し続ける闇の増幅装置となるのではなく、煩悩を光の心(菩提心)に転じ、魂の光(魂願)につながり、光の増幅装置としてはたらくことを通じて、使命を果たすことができるのです。
私たち一人ひとりが、カルマを超克し、魂願を成就して使命を生きることは、この世界の闇のエネルギーを浄化し、光のエネルギーを生み出してゆくことにほかなりません。痛みを癒して歓びを導き、混乱をとどめて調和をもたらすこと。停滞した状況を活性化させ、破壊の現実を受けとめて創造の現実を導くこと ──。その歩みの一歩一歩が、闇を浄化し、光を生み出すものであり、その人生のひとこまひとこまが人間としての使命を生きる現実となるのです。

○参照
『魂の冒険』(p.183~219)

■波動戦争(エネルギー争奪戦)

「波動戦争」とは、人間の間に生じるあらゆる手段を講じた主導権争いであり、人間関係において、内なるエネルギーを浪費させ、変調を起こさせる原因となるものです。
私たちは、自分の内なるエネルギーを汲み出せないとき、外からエネルギーを奪わずに元気になることができません。そこで、人からエネルギーを奪うために、過剰な自信を見せつけて支配する、手を差し伸べてもらうために過度に落ち込んだり拗ねる、頑固に正論を主張したりイライラした気配をまき散らしたりして脅す、助けを求めて依存したり甘えるなど、独自の「武器」で駆け引きをしながら戦うことになります。
エネルギーの争奪戦は、「勝ち負け」「損得」「成功失敗」など様々な局面で生じます。勝つ、得する、成功するときには、相手のエネルギーを吸い取り、自分は元気になります。一方、負ける、損する、失敗するときには、エネルギーを吸い取られ、気分は落ち込みます。
このようなエネルギーの争奪戦に執心すると、自分のエネルギーの大半をそこに費やしてしまい、もともとの動機や原点を忘れ、再起して挑戦する心まで失ってしまうことになるのです。

○参照
『魂の発見』(p.110~p.120)

■ビッグクロス(Big Cross)

「ビッグクロス」とは、一切に宿り、一切を支え、人間存在を根底から支えている2つの絆 ── 縦の絆(大いなる存在との絆)と横の絆(永遠の生命との絆)の交差を示します。
縦の絆は、この世界にある一切の存在を生かし包み支える大いなる存在、大宇宙を司る法則であり意識である「神」との絆です。「生かされている」という感覚は、その大いなる存在と自分が確かにつながっている感覚です。この絆を確かにするとき、私たちは宇宙から切り離された孤独な一人ではなく、宇宙と一体であることがわかり、人生を生きる重心と力強さがもたらされるのです。
横の絆は、人間が肉体の生死を超えた永遠の生命、魂存在であることの実感であり、無限の過去を生きてきた自分、そして無限の未来を生きてゆく自分との絆です。死に対してさえ虚無感に陥らず、新たな生として受けとめることができるこの感覚を持つとき、私たちの重心はより深く、中心軸はより揺るぎないものとなります。
これら2つの絆が示すビッグクロスは、何が起こってもおかしくはない現実世界を生きる拠りどころであり、私たちを支えてくれる、決して壊れることのない中心・支柱にほかならないのです。

○参照
『新しい力』(p.246~251)
『「私が変わります」宣言』(p.146~150)
『人生で一番知りたかったこと』(p.16~26)
『あなたが生まれてきた理由』(p.228~241)

■崩壊の定・不随の定

「崩壊の定」とは、この世界に生じる一切のものは崩壊への道を辿るという定であり、「不随の定」とは、この世界は決して私たちの思い通りにはならないという定です。
この世に現れた形あるものは、やがて必ず古びて錆びつき、壊れてゆかなければなりません。この「崩壊の定」は、仏教で言う諸行無常にあたるものです。そして、すべてのことは網の目のようにつながっていて、どこかで都合よく切り取ることなどできません。それゆえ、私たちは時として思わぬ災難を被り、ものごとは決して思惑通りに運べないのです。このような「不随の定」は、諸法無我に対応しています。
崩壊と不随の定は、この世界に存在するあらゆるものを貫く法則です。例えば、自然界のみならず、文明や文化、国や共同体等にもはたらいています。
そして、崩壊の定の何よりもの恐ろしさ、悲しさは、人間の願いやまごころにまでその力が及ぶことです。私たちの抱く魂の願いや意志が、世界の荒波の中に四散し、見失われてしまう現実こそ、崩壊の定がもたらす人間の悲劇と言うべきです。
しかし、崩壊と不随の定をこの世界を生きる前提として心に刻むとき、私たちは本当の意味でたくましくなり、世界を調和へ導く指導原理と響き合う道が開かれるのです。

○参照
『希望の原理』(p.153~171)
『グランドチャレンジ』(p.220~224)
『あなたが生まれてきた理由』(p.56~66)
『Calling 試練は呼びかける』(p.21~22)
『魂の冒険』(p.90~94)

■菩提心(12の菩提心)

「菩提心」とは、本当の自らを求め、他を愛し、世界の調和に貢献する心のことです。
私たちの中には、痛みあるところには癒しを、混乱の現実には秩序を、停滞した状況には活性を、と願う心があります。それが菩提心の原石です。私たち一人ひとりの中から輝き出す菩提心は、様々な可能性を抱く多様な光です。その菩提心が放つ様々な輝きを「12の心」に託したのが以下の「12の菩提心」です。
「月の心」「火の心」「空の心」「山の心」「稲穂の心」「泉の心」「川の心」「大地の心」「観音の心」「風の心」「海の心」「太陽の心」──。私たちの中には、そのすべての心が潜んでいます。
菩提心への扉を開くことは、永遠を知り、無限に応える魂の力が引き出されてゆく歩みにほかなりません。菩提心は、いつの時代にも大きな壁を乗り越えてゆく鍵となり、私たちの時代が抱える巨大な問題にも究極の解決をもたらす智慧と力となるものです。私たちの人生と世界が本当に輝くために不可欠なものが、菩提心なのです。
毎年、新しい1年をいかに生きるかを学び合う「新年の集い」では、その1年を生きる指針となり支えとなる菩提心の記された「神理カード」をどなたでもいただくことができます。

○参照
『12の菩提心』

■煩悩地図(魂 羅針盤・ソウルコンパス)

「煩悩地図」(魂羅針盤・ソウルコンパス)は、私たちの内界を見つめてゆくための確かな座標軸です。偽我(煩悩)の傾向を知るための智慧であり、心の在り方と世界に現れた現実との関わりを明らかにする智慧です。
「煩悩地図」は、私たちの内界を、快・暴流、苦・暴流、苦・衰退、快・衰退の4つの閾に区分けします。それぞれの閾には、自信家、被害者、卑下者、幸福者という「4つの人格(偽我)」が潜んでいます。4つの人格は、私たちの内なる闇の象徴であり、人間が抱える煩悩の総体と言えるものです。
煩悩地図は、人間が抱くすべての煩悩を包含し、4つの閾はそれぞれに典型的な煩悩の形を示しています。私たちの心が、この4つの閾の回路に引き込まれると、自動的に煩悩が動き出し、混乱した現実を生み出してしまうのです。
私たちは、煩悩地図によって、自らの心の動き ── 受発色(受‥感じ・受けとめ、発‥考え・行為、色‥現実)のそれぞれにどのような煩悩が住んでいるかを見抜き、それが世界にどのような影響を与えているかを捉え、さらにそれらを転換することができるようになるのです。

○参照
『グランドチャレンジ』(p.155~332)
『あなたが生まれてきた理由』(p.98~115)
『魂の冒険』(p.195~200)

■3つのC(チャージ・チェンジ・チャレンジ)

「3つのC」とは試練からの呼びかけであり、あらゆるテーマの解決と創造に導きを与えてくれる生き方です。チャージ(Charge)は、もともとの動機=魂の願いを思い出すこと、チェンジ(Change)は、いつもと同じ気持ちを新しい心(菩提心)に転換すること、チャレンジ(Challenge)は、新しい人間関係と現実を生み出すことです。
チャージとは、私たちがこの世界に生まれてきた理由、もともとの動機=魂の願いに自分の心を接続し直して、本当の原動力を取り戻すことを指します。魂の願いに接続すれば、揺れる心は安定し、あるがままに事態を受けとめて道を開く勇気や智慧が湧いてきます。
チェンジとは、試練を前にして心に浮かぶ不安、慢心、怒り、依存心といった、いつもと同じ気持ちを新しい心(菩提心)に転換しなさい、という呼びかけです。
チャレンジとは、その新しい心によって、新しい人間関係と現実を生み出してゆくことです。
「3つのC」の歩みを通して、私たちは、恐れや無力感、癒されなかった心の傷までもが癒され、恨みや憎しみが消え、新たな生きる力が湧き上がってきます。あらゆる試練を引き受けて、最善の道を開くことができるようになるのです。

○参照
『Calling 試練は呼びかける』(p.73~79、p.142~210)
『魂の冒険』(p.257~289)

■3つの自覚(愚かさの自覚・忍土の自覚・恩恵の自覚)

「3つの自覚」とは、私たちが、煩悩の支配から魂を守り、この世界で願いや志を果たしてゆくために、なくてはならない心得です。
「愚かさの自覚」とは、自らの未熟に対する深い赤心、「恥ずかしい」という気持ちです。自分に対する過信が打ち砕かれたときに生まれる自分への絶望を含んでいるものです。
「忍土の自覚」とは、この世が、思うにままならぬ、耐え忍ばなければならない世界(忍土)であることを受納することです。何が起こっても仕方がないという諦観、安易な願望が決定的に破壊されたときに生じる、世界への絶望をも含む心境です。
自らの愚かさも、忍土の現実も、突き詰めれば絶望的な心境に通じますが、それでもなお自己を信じ世界を信じて、未来に向かう希望を湛えています。なぜなら、愚かさを抱え、忍土にありながら、いかに私たちが様々ないのちと存在に支えられ、育まれ生かされているかという事実があるからです。それが「恩恵の自覚」ということです。「恩恵の自覚」とは、心から「ありがたい」と思える気持ちです。心が感謝で満たされているとき、煩悩は魂を支配できません。人は誰も、3つの自覚に目覚めることによって、煩悩とカルマから魂を守り、願いや志を果たしてゆくことができるのです。

○参照
『希望の原理』(p.276~279)
『新・祈りのみち』(p.587~603)
『あなたが生まれてきた理由』(p.262~267)

■3つの「ち」(血・地・知)

3つの「ち」は、人生に不可避に流れ込む3つの流れ ──「血」「地」「知」のことであり、人間が、人生の始まりから成長する過程で必然的に背負うことになる宿命です。
「血」とは、血筋・血統を通して、そのつながりゆえに流れ込むもののことです。両親から受け継ぐ肉体的条件、親・家族・一族から流れ込む精神的条件、ものの見方、考え方、価値観、生き方、習慣、癖、つぶやき等です。例えば、両親の願望や恨みや情熱などを、私たちは無自覚に吸収して心に宿し、当然の前提として生きてゆきます。
「地」とは、地域、土地から流れ込んでくるものです。土地の価値観、風習や慣習、約束事、そこにある人間関係の感覚です。風土のような形で存在している地域業であり、その地域に生まれ育つことによって吸収し、引き受ける流れです。
「知」とは、時代から流れ込んでくる知識、情報、価値観です。流行や時代の気分の影響もあります。ある特定の時代を覆っている時代業とも言えるものです。
誰の人生にも、その始まりから、3つの「ち」──「血」「地」「知」が大変な勢いとエネルギーをもって流れ込み、私たちを宿命の内に縛りつけることになります。

○参照
『希望の原理』(p.113~136)
『あなたが生まれてきた理由』(p.116~127)
『運命の方程式を解く本』(p.116~126)
『魂の発見』(p.143~149)

■明運力・暗運力

「明運力」とは、運命を上昇させ、現実を光転させる力であり、「暗運力」とは、逆に運命を下降させ、現実を暗転に導く力です。
「暗運力」が人生にはたらくとき、現実は、痛み・混乱・停滞・破壊へと運ばれてゆきます。そのしるしは、悪い状態が繰り返され増幅されてゆく「悪循環」、急激な障害や問題が現れる「急暗転」、様々なところに問題が飛び火してゆく「悪縁起」、いきさつが重くなり変化させることをあきらめてしまう「重経緯」、活力が萎え停滞する「低活力」という5つの症状として現れます。
一方、「明運力」は、私たちを明るく光あふれる未来へと運んでゆくエネルギーであり、一人ひとりの個性を輝かせ、ものごとや事態を次々に光転させ、困難な問題に道をつけ、調和と繁栄をもたらす力です。明運力の現れ方は、「試練に強くなる」「状況に振り回されなくなる」「助力者が現れる」「思わぬところから道が開かれてゆく」といった特徴があります。
心が煩悩に支配され、魂のカルマが引き出されると暗運力がはたらき、煩悩をとどめ菩提心へと転換すれば魂願が引き出され、そこに明運力が現れてくるのです。

○参照
『運命の方程式を解く本』(p.85~213)

■ユニバース体験

瞬間的に人生の目的を悟り、世界の全体、宇宙と自分のつながり、神との絆を知ってしまう体験を「ユニバース体験」と呼びます。
見える世界と見えない世界を包含し、あらゆる生命と存在を一つに結びつける絆が張り巡らされた宇宙 ──。「ユニバース体験」とは、その宇宙の源と同通し、その一部であることを実感し、そこから多くの叡智を引き出して生きることができる体験です。
「自分が生きている意味はこのことだった」「自分はこのために生まれてきた」「自分の居場所はここだった」。そのような強い実感を伴うユニバース体験は、それまでとは不連続な経験として訪れます。見えないつながりを見出し、自分の中に眠っていた可能性に出会う ── それがどんなにささやかに見えても、その一つ一つが、世界と自分が生まれ変わる体験であり、可能性の宝庫である宇宙の源とつながる新たな体験なのです。
毎日の出会いや出来事を大切に受けとめ、人生に応えようと歩む人には、一度ならず、ユニバース体験が訪れ、そのたびに魂の願いは一層明らかになり、より深い愛と叡智を生きることができるようになってゆくのです。

○参照
『魂の冒険』(p.44~85)

■4つの「心の傾向」のタイプ

「魂の学」では、人間の心の傾向には、大きく分類して「快・暴流」「快・衰退」「苦・暴流」「苦・衰退」という4つの類型があるとしています。
「快・暴流」は、ものごとを肯定的・楽観的に受けとめ、積極的に考えて行動してゆくタイプで、人を「独りよがりの自信家」にしてしまう傾向。「快・衰退」は、ものごとを肯定的・楽観的に受けとめ、調和的に考えて行動してゆくタイプで、人を「自己満足の幸福者」にしてしまう傾向。「苦・暴流」は、ものごとを否定的・悲観的に受けとめ、攻撃的に考えて行動してゆくタイプで、人を「恨みの強い被害者」にしてしまう傾向。「苦・衰退」は、ものごとを否定的・悲観的に受けとめ、消極的に考えて行動してゆくタイプで、人を「あきらめに縛られた卑下者」にしてしまう傾向です。

○参照
『あなたが生まれてきた理由』(90~97頁)
『魂の冒険』(195~200頁)ほか

■六力

「六力」とは、万象万物の創造と破壊を司る力であり、この世界のあらゆるものを動かし、生み出し、成長させ、そして滅ぼしてゆく力です。
「六力」は、万物の生々流転の源です。宇宙が誕生した遙か過去から永劫の未来に至るまで、大宇宙から極微の分子・原子・素粒子の次元に至るまで、いかなる存在も、この6つの力から逃れることはできません。
六力は、流動、循環、連鎖、構造、均衡、湧出という6つのはたらきを現し、それぞれに光転のはたらき(六態)と、暗転のはたらき(六凶)の2つの側面が存在しています。例えば、時代がどうしても超えられなかった壁が打破されるとき、そこには六態のはたらきが現れています。また戦争など、世界を暗転させる強大な力が時代を動かすとき、そこには六凶がはたらいています。
暗転か光転のいずれのはたらきを六力から引き出すかは、すべて人間に委ねられています。私たちは、宇宙と響働して、六力から光転のはたらきを現し、新たな時代を切り開くことを世界から待たれているのです。

○参照
『グランドチャレンジ』(p.40~87)

■「私が変わります」

「私が変わります。その私が世界と新しい関係を結びます」は、私たちの内側に主導権を奪回することによって、新しい問題解決と創造の道を開くための原則です。
今日、世界に山積する様々な問題群の基には、心と現実、内界と外界を断絶する「私は変わりません。世界の側だけ変わってください」という原則があります。私たちは、身近な問題に対しても、他人や事態のせいにして、「私」を変えずに外側だけを変えようとしてしまいます。その瞬間、本来、主導権のある内側から、エネルギーは外へと流れてゆき、私たちは主導権を失ってしまうのです。それでは問題を解決することはできません。
真の問題解決と創造に向かうためには、私たちは心と現実をつないで内側に主導権を奪回する必要があります。そのための原則が、「私が変わります。その私が世界と新しい関係を結びます」という態度です。
この原則を生きるとき、私たちは宇宙の指導原理と共鳴し、新しい現実を生み出し続けることができるようになります。どうしても乗り越えられなかった問題を解決し、捻れた人間関係に再結がもたらされるなど、魂のテーマに応えて歩む生き方へとつながってゆくのです。

○参照
『千年の風』(p.197~214)
『新しい力』(p.36~78)
『「私が変わります」宣言』
『あなたが生まれてきた理由』(p.268~276)
『Calling 試練は呼びかける』(p.161~177)