東日本大震災のとき、あたかもそのことを知らせるかのように、人々の魂に見えない次元からの促しが届いていた──。 高橋先生に「魂の学」を学び、「魂─心─現実」をつなぐ力が育まれたGLA会員の中には、 その促しを無意識のうちにもキャッチし、行動していた多くの方々がいました。 ここでは、その中から何名かの体験をご紹介します。

陸前高田での仕事がたまたま早く終わり、釜石に戻るところを行かなくてもいいことになったんです。それで大船渡の海岸の近くにある宅配会社に寄ってから、高台にある自宅に戻って車から降りたところで、立っていられないぐらいの大きな揺れを経験しました。
あと10分戻るのが遅かったら途中で津波に遭っていたと思うし、普通なら地震の時刻には陸前高田か釜石にいたはずなので、守られていたことを感じます。
翌朝から三陸ターミナルへ行って、会員名簿を見ながら安否確認を始めました。ところが、連絡が取れないんです。訪ねて行くにも、道路は寸断されているし、ガソリンもなくて、どうすることもできないんです。
その後、動けるようになってからは、いろんな道を辿って、お一人の方を探すのにいくつもの避難所を尋ねて、ようやく再会できるという状態でした。それでも「高橋先生だったら最後の一人を見つけるまで、とことん探されるだろう」と思うと、ただ無事を祈りながら仲間を探し続けましたね。
そんな中で、全国の皆さんからの救援物資が届きました。そこにはお手紙まで入っていて、読ませていただくたびに涙が出ました。「頑張ってください」の一言にどれほど励まされたかわかりません。「私たちは孤立していない。全国の仲間に支えられている!」って思いました。そして、支援物資を持って避難所にいる仲間を訪ねると、「私のような一会員をよく探してくださった」と言って泣かれるんです。
GLA会員の皆さんは、家を失って避難所にいても、とても元気なんです。「ここからが始まりです。生き直します!」って希望を持っているんです。だから避難所に会員が一人いるだけで、その場が明るくなるんですよ。職場も津波で流され、ゼロからのスタートだけど、「ここから三陸を復興させてゆく!」、そう心に誓っています。

地震が来たとき、町中にサイレンが鳴って、「逃げてください!」という放送が聞こえたので、あわてて必死で高台に逃げたんです。その場所から見えたものは、真っ黒な大津波が町全体を呑み込んでゆく様子でした。それはものすごく恐ろしい、見たこともない光景でした。
自宅も津波で流されましたが、高橋先生からお手紙を頂いて、「いつも守っていただいているんだ!」って涙が出るくらいうれしくて、「また頑張ってゆける!」って思いました。神理を知らない以前だったら、すごく悩んでいたと思うんですね。でも今は、「試練は呼びかけ」「乗り越えられない試練はない」「生かされて生きる」……と、先生からいろいろ教えていただいて、こんな試練が来ても何か心棒が通っているようで、乗り越えられるように思えるんですよ。
今まで頂いた「神理カード」(1年を生きる指針となる言葉が記されたカード)は、肌身離さず持っています。お陰さまで津波から逃げられたので、避難所でも一生懸命皆さんのお役に立つようにやってゆきます。苦しいときに、地域のGLAの仲間や全国の皆さんからの支えで勇気を頂きました。有難いです。

多賀城市の港近くの職場で地震に遭い、皆と外に逃げたんですが、しばらくして、隣のビルの窓から男性が「津波が来たぞ、早く上がれ!」って叫んだんです。水が迫ってくるのが見えて、足がすくみながらも何とか三階まで上がり、窓の外を見たら、津波がすごい勢いでドラム缶から車からすべてを流してゆくのが見えました。
そのとき、「試練は呼びかけ! この出来事を引き受けるしかない!」という想いがどんと心の中心に定まって、そのあとは不思議なくらい恐怖心がなくなりました。
翌日、腰まで水につかりながら外に出て、近くの自衛隊の駐屯地に向かう途中、かろうじて通じた携帯電話に、高橋先生のメッセージが届いたんです! 「あなたの右手はいつも私が握っています」というお言葉にどれだけ励まされたことか!
3日目、徒歩で地域の避難所を捜し、2つ目で同居の舅と会えました。若林区にある自宅は流され、姑も流されてしまったことを知ったのですが、87歳になる舅は、流れてきた板にしがみついて漂流し、引き上げられて助かったんです。石巻に仕事に行っていた夫も高台に逃れて無事で、その後避難所に辿り着き、再会を歓び合いました。そして、どこよりも早くGLAの仲間が救援物資を持って訪ねてきてくださったことも、本当に有難かったです。
家も物もすべて失ってしまったけど、不思議と嘆くこともなく、「一から出発だ」という気持ちなんですね。やっぱり先生が右手を握ってくださっているから、そしてGLAで学んでいるからだと思うんです。避難所の皆さんからも、「何でそんなに明るいの? その明るさはどこから来るの?」って不思議がられるんですよ。
姑の火葬の際も、GLAの司祭の方に祈り添えをしていただき、本当に救っていただきました。今は避難所から、毎週グローバル・ジェネシスプロジェクト研鑽に通えることが何よりもの支えです。