1969年 GLA創立 ── 高橋信次先生のもと、道を求める有志の方々の発心を出発点に

1969年4月8日、東京・浅草の八起リバーサイドハイツ(八起ビル)においてGLAは誕生の産声を上げました。「もっと多くの方に高橋信次先生の教えを聴いていただきたい」という有志の方々の願いの輪は、この場から大きく広がってゆきました

人間は永遠の旅路を歩む魂の存在であることを証された高橋信次先生は、私たちが大いなる存在・神によって生かされ、「自己の確立」と「世界の調和」のために生まれてきたこと訴えられ、全国を奔走されました

1968年7月12日、祖師高橋信次先生は、著書『心の発見 現証篇』にも記されているように、幼少の頃から探求してこられた「もう一人の自分(魂)」の存在に目覚め、宇宙を貫く法(神理)に到達されました。
そして、高度経済成長期のただ中にあって、人々が物質的な豊かさを求めていたその当時、高橋信次先生は、心の時代の到来を訴えられました。

「人間は誰もが永遠の生命を生きる魂の存在――。すべての人生に目的と使命がある――」と、新たな生き方の原点を説かれたのです。

その高橋信次先生のもとに集われた方々の中から、「ぜひもっと多くの人にこの教えを聴いていただきたい」との発心が生まれ、1969年4月8日、GLAは創立されました。会員お一人お一人の自発性と意志が尊重される今日のGLAの風土の原点は、すでにこの創立のときにあったのです。

その後、高橋信次先生は、多くの著書や講演活動を通して、一人でも多くの方の魂が目覚めることを願って全国を奔走されました。

1976年 法の継承 ── 高橋信次先生と高橋佳子先生の魂の所以(ゆえん)・魂の約束が明かされる

高橋信次先生は、高橋佳子先生と共に二人三脚で神理探求を続けられ、48歳が近づいてきた頃、かねてからの預言通り、自らの帰天の日が近いことをしばしば口にされるようになりました。そして、「青年の中から、法を継承する人が出てくるはずなのです」と切迫した口調で語られながら、それが誰なのかを問い続け、懸命に探していらっしゃいました。当時大学生だった高橋佳子先生も、「私も、頑張って探してみます」とおっしゃっていました。

この時点では、高橋信次先生にも、そして高橋佳子先生にも、法を継承されるのが、高橋佳子先生であることが、まだ明かされていなかったのです。

そして1976年3月──。高橋佳子先生の著作『天涙』にも記されているように、和歌山県で行われた白浜研修会で、高橋信次先生と高橋佳子先生は、ついに魂の邂逅を果たされます。

そのとき、高橋佳子先生が高橋信次先生の人生における一つ一つの出会いや出来事の意味を、魂の次元から明かしてゆかれるということが起こりました。高橋佳子先生によって語られた人生をくまどるそのまなざしは、やがて「魂の因果律」(魂の学[人間と世界を貫く真理=神理の体系]の中核を成す神理)に結晶化してゆかれるまなざしそのものだったと言います。

高橋信次先生は、高橋佳子先生によって初めて開示されたそのまなざしこそ、GLAに託された使命である「自己の確立」と「世界の調和」が現実に成就してゆくための要であることを確信され、「これで人類は救われる!」とその歓びを周囲にも伝えてゆかれました。

この魂の邂逅によって、法の継承者が高橋佳子先生であることを確信された高橋信次先生は、その後の一切を高橋佳子先生に託されました。と同時に、「私が実在界(あの世)に帰ったら、通信を送る相手は佳子だけです。そのことを忘れないでください」と周囲に告げられ、いずれ高橋信次先生の名を騙って自説を説く人々が現れても、それに惑わされる必要はないことも伝えられました。こうして祖師高橋信次先生は、1976年6月25日、48歳で、実在界(あの世)に帰天されたのです。

1976年〜 具現への新たなる一歩

高橋信次先生に捧げる「感謝と誓いの式」には、約6,000名の参列者が訪れました。式の最後、高橋佳子先生は、高橋信次先生の御影を前に、『心行』の朗唱と「決意表明」をされ、その清冽な言魂は参列者の心深くに響いてゆきました(1976.7.10、青山斎場)

高橋信次先生より法を継承された高橋佳子先生は、「GLA8周年記念大講演会」で講演されました。先生の力強い言魂は、参加された6,000名もの方々の間に深い感動を呼び起こしました(1977.4.10、日大講堂)

高橋信次先生が実在界に旅立たれ、19歳で法の継承者として立たれた高橋佳子先生は、1976年7月10日、東京・青山葬儀所(青山斎場)で行われた「感謝と誓いの式」で、大いなる存在・神、そして実在界の高橋信次先生に向かって、その志を引き継いで必ず神の光が顕現した仏国土・ユートピアを具現してゆくことを誓われました。

翌1977年、高橋佳子先生は、『真創世記』三部作を発刊されるとともに、一瞬一瞬を本当に神理で生きることができるようになるための智慧やシステムを次々に示してゆかれました。例えば、問題解決などにあたって、まず「何のために」「願いは何か」と自らの心深くに問い、そのまなざしから現状を見とり、具体的な方策を立ててゆく「ウイズダム」の智慧。また、GLAにおける様々な活動を単なる奉仕活動にとどめず、神理の体験的研鑽の機会としてゆく「プロジェクト活動」のシステムなどを立ち上げてゆかれたのです。

そのような展開の中で、「仏国土・ユートピアの建設」、すなわち神理に基づく新しい文明の創造に向かう実感が深まり、今に続く神理実践の風土が培われてゆきました。
それは、GLAが、高橋信次先生のもとで「人間は、誰もが神の子であり、永遠の生命を抱く魂の存在である」という確信を深める段階から、高橋佳子先生のもとで「では、どうしたら私たちは神の子として、永遠の魂として、今を生きることができるのか」を探求する段階に飛躍していったということでもあったのです。

1980年〜 「三論」(基盤論・自業論・響働論)を説かれ、研鑽の基礎が築かれる

「見渡す限り果てしなく広がる暗黒の草原。そのいずこにあの小さくとも美しき花の咲き乱れしか......」という先生のナレーションで始まったこのセミナーは、人間の闇を徹底して見とる歩み(基盤論)に向かう始まりのときとなりました(1980.5.3〜5スプリングセミナー、箱根小涌園)

こうして高橋佳子先生は、めざすべき方向と願いを示されながら、人間が抱える闇の問題を直視され、真に永遠の生命として今を生きるための道を示し続けてゆかれました。

そして先生は、「人間は永遠の時を生きる魂の存在でありながら、なぜその本来の姿を見失い、煩悩に呑まれてしまうのか。どうしたら一人ひとりが魂としての本質に目覚め、日々の一瞬一瞬を生きることができるのか──」と問い続けられ、その極みを超えた探求の日々の中から、その道を「基盤論」「自業論」「響働論」に集約された神理の体系として開示されます(著作『人間の絆』参照)。
人間が、魂としての本質を忘れ、宿命に呑まれてゆくからくりを明らかにした「基盤論」。そして宿命に呑まれることにも実は深い意味があり、その闇の向こうに果たすべき使命があると、人生の意味と所以を明らかにされた「自業論」。
さらに、その一人ひとりが使命に応えて生きる中で世界を調和に導く「響働論」──。

また、世界と人間の究極の真実を伝え、生きる指針となる『生命の余白に』(1982年)とともに、いつも会員一人ひとりの傍らにいて対話・同伴したいと願われ、ご自身の代わりになるようにと『祈りのみち』(1985年)を著されるなど、現在のGLAの信仰の糧となっている著書も著してゆかれました。
さらに、神理を実際に生きてゆく道として古来より伝えられてきた八正道の本当の意味を現代に蘇らせた『人間のまなざし』(全8巻)をはじめとする神理の著作群など、様々な学びの手がかりと場を用意してゆかれました。
それに伴い、この時期、全国各地に、会員の研鑽の拠点となる地方本部も次々に整備されていったのです。

1993年~ 大いなる存在・神との絆のもと、師と弟子の「信と応え」の中で開かれるGLAの次なる次元

1993年以降、GLAは、さらに新しい次元へと運ばれてゆく大切な節目を迎えました。大いなる存在・神の御心を受けられた高橋佳子先生が、弟子(会員)の魂を信じて神理を開示してゆかれる。その師に応えて、弟子が神理の実践に励むと、その歩みの深まりに応じて、大いなる存在は次なる次元を用意され、その御心を受けとめられた先生がさらに新たな道行きを示してゆかれる──。そのような創立以来一貫して大切にされてきた「信と応え」の歩みが明らかに深化し、新しい次元へと向かう時を迎えたのです。

また、この時期を境に、先生は全国各地の「魂の巡礼」(道を求めた先人たちや会員に関わりのある魂の足跡を辿られる巡礼。その歩みの一部は著書『天地有情』『天涙』『天の響 地の物語』などに掲載)を、以前にも増して実在界から促され、赴かれるようになりました。そこでは、まさに神が私たちの傍らで共に歩んでくださっているとしか思えないような深い癒しや再生が、会員一人ひとりに起こってゆきました。その姿を通して、会員の中には、「神の存在と永遠の生命の実感」という信仰の原点がますます確かに刻まれていったのです。

1994年〜 弟子の立志=ボーディ・サットヴァ宣言

講演の最後、先生よりの「菩薩の祈り」を享け、「私も菩薩に成りゆきたい!」との志を表明するように、一人また一人と立ち上がっていった参加者。このうねりは、その後各地の「善友の集い」に広がってゆきました(1994.4.16善友の集い、川崎市教育文化会館)

翌1994年、GLA創立25周年にあたる「善友の集い」(創立記念日にちなんで、毎年4月に開催)において、前年来の新たな流れは、さらに新たな局面を迎えます。
高橋佳子先生は、この日の講演の最後に、会員一人ひとりがGLAの願いを体現して「他人の苦しみわが苦しみ、他人の喜びわが喜び」の心を生き連ね、古来、「ボーディ・サットヴァ」(菩薩)と呼ばれてきた求道者・伝道者へと成りゆくことができるように──と、「菩薩の祈り」を捧げられました。
そのとき、会場にいた私たち会員には魂が震えるような感動が訪れ、「私もそのように生きたい!」という願いが心の深奥から噴き上がり、誰言うともなく会場の全員が立ち上がっていたのです。そして、そのうねりは全国各地へ広がってゆきました。

先生は、その志の発露を弟子による「ボーディ・サットヴァ宣言」であったと大切に受けとめられました。そして、その志に応えられようと、誰もが「ボーディ・サットヴァへの道」を歩めるように、「プロジェクト活動」をさらに深化させた新たな研鑽を始めてゆかれたのです。それが、「ニュープロジェクト」です(2001年より「ジェネシスプロジェクト研鑽」、さらに2007年には「グローバル・ジェネシスプロジェクト研鑽」となる)。

こうして、1993年、1994年を経て、師と弟子の信と応えの歩みを本当の意味で生きる時代が始まり、「ニュープロジェクト」を支柱として研鑽体系が再構築されてゆく中で、GLAでは、神理の実践者が飛躍的に増えてゆきました。

2001年~ ジェネシスプロジェクト宣言

こうして要素が蓄えられ、時が満ちて迎えた2001年1月1日、新世紀開闢のそのときに、高橋佳子先生は、これからの会員一人ひとりの歩みを、新たな時代・世界を創世してゆく「ジェネシスプロジェクト」であると宣言されました。
「ジェネシス」──「すべての始まり」「創世」を意味するこの言葉の響きに触れたとき、私たち会員の中から魂の郷愁にも似た深い情動と感動が湧き上がりました。
そして先生は、その行動原則(アジェンダ)は、「ビッグクロスとの再結」「人間復興への道」「世界復興への道」であると示され、GLAの使命を、さらに次なる次元へと導いてゆかれたのです。

2003年〜 「魂の因果律」の開示、「菩提心発掘」へ

高橋佳子先生は、私たちを日々の生活の中で魂願を現実に生き始める次元にまで導かれてゆく中、2003年12月の「感謝の集い」(1年を振り返り、神理によって頂いた恩恵と功徳を思い起こし、大いなる存在に感謝を捧げる集い)において、これまで説かれた神理の集大成とも言える「魂の因果律」を開示されました。

そうした歩みの中で迎えた「2004善友の集い」──。「ボーディ・サットヴァ宣言」から10年目にあたるこの日、会員の願いと信条が「GLA会員憲章」として採択・宣言され、すべての会員が共に新たなスタートラインに立ち、共に菩薩への道を歩んでゆくことを誓い合いました。

そして現在も、高橋佳子先生は、「魂の因果律」の奥義をさらに深く説き続けられ、誰もが魂願を日々の生活の中で生きることができるように、「菩提心発掘の道」を開いてくださっています。一人ひとりが「煩悩」を滅し、心に「菩提心」(本当の自らを求め、他を愛し、世界の調和に貢献する心)を満たして歩むとき、周辺にあふれる諸問題を解決し、新たな現実を創造することができる。そして一人ひとりがこの人生で果たすべき使命が明かされる──。「菩提心」が放つ光によって、現実を変革する神理実践の歩みを、今、多くの会員が確かに歩み始めているのです。そしてGLAは、この菩提心をもって、時代とともに、地域とともに、そして人々と共に歩んでゆきたいと願っています。

講演の最後、先生と共に「12の菩提心」の言葉を参加者全員で唱和し、内なる「菩提心発掘」を誓う、「1万人の菩提心発掘宣言」が行われました(2006.12.3感謝の集い、横浜アリーナ)

2008年~ 「観力・浄力・発力・結力」──「菩薩必携の四力」を生きる

「魂の因果律」や「12の菩提心」という神理が開示されたことによる会員の神理実践の深まり――。2007年、高橋佳子先生は、その歩みに応えるように、全国一斉展開の「グローバル・ジェネシスプロジェクト研鑽」やGLAにおける絆形成の最前線の場──新しい「生活実践」をスタートされました。
そして翌2008年、先生は、「魂の因果律」の実践における新たなステージを開示されたのです。それは、自ら自身を見つめる「観力」、自らの内なる闇を浄化する「浄力」、新しい自分を生み出す「発力」、そして、私たちと魂願を結びつける「結力」という、後に「菩薩必携の四力」と呼ばれるまなざしでした。
さらにGLA創立40周年の節目となる2009年には、「菩薩必携の四力」を生きる具体的な第一段階として、「Charge(チャージ)・Change(チェンジ)・Challenge(チャレンジ)のシート」を開示され、「試練は呼びかけ」を生きることや「因縁果報ウイズダム」を生きるという、これまでの会員の歩みは、さらなる深化へと向かっているのです。

2010年~ 「魂の発見」の運動に向かう

2010年を迎え、GLAは、創立以来40年にわたる歩みを土台として、新たな閾へと踏み出しました。 とりわけ、高橋佳子先生より、「菩薩必携の四力」を育むことによって、宇宙とつながる「ユニバース体験」を起こし、「魂の冒険」へ出発する歩みへと導かれたこと──それは、時代・社会からの呼びかけに応える「人間再生・日本再生」のムーブメントとして広がってゆきました。
翌2011年、わが国は東日本大震災という未曾有の試練に遭遇し、先生が2年前から言われていた「第三の危機(国難)」が誰の目にも顕わになりました。そして、その呼びかけに呼応するように、GLAでは、「魂の学」の確立と、それを生きる人たちの出現を通して、「魂の発見」の運動を推進してゆく節目の年となったのです。
まさに、一人ひとりが自らの内に「魂」を発見し、内なるエネルギーを解放して生きる時代の到来であり、先生が20年前に、著書『サイレント・コーリング』で、「一部の傑出した覚者だけが目覚める時代は、もう過去のものです。平凡な一人ひとりが呼びかけに応える時代が来ています」と記されたことが今や現実となっているのです。

※現在のGLAの歩みについては、クイックビューGLA をご覧ください。